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宮城県金成町の古建築―3、真打登場 奥州街道有壁宿本陣 旧奥州街道の宮城県最北の宿場、有壁(ありかべ)宿に残る本陣です。国指定の文化財になっています。 12年前に長女と二人で訪れ、今回再訪しました。以前は公開されていたのですが現在は非公開となっていました。多分御当主の都合なのだろうと思います、...
宮城県金成町の古建築―2 金成町尋常高等小学校 前記事の教会の北へ100mほどのところにあり、前々記事の右の丘の上にあたります。明治43年の竣工ですがその後の調査によると明治20年に建てられたものの移設だったそうです。平成6年から町の歴史資料館として公開されています。間口13間、奥行き...
宮城県金成町の古建築-Ⅰ 金成ハリストス正教会聖使徒イオアン聖堂... この8月に訪れた宮城県金成(かんなり)町に残る古建築を3つ描きました。時代が若い順にUPします。 歴史のある町だけに魅力ある古建築があります。今回は昭和9年に建てられた東方教会の聖堂です。面積116㎡、鐘楼の高さは17mでかわいい規模です...
普賢菩薩が見守る里 宮城県金成町 普賢堂 その2 前記事の分校から谷戸の奥へ行くと、田んぼの中にぽっこりと小山がありそこに小さなお宮がありました。お宮の後ろから分校のほうに向かう風景です。 由来を見ると、平泉王国初代の藤原清衡がこのあたりに四ヵ寺を建立し、ここはそのひとつがあったところ...
小さな分校があった里 宮城県金成町 普賢堂 宮城県と岩手県の県境の丘陵地帯の南に宮城県金成町(かんなりまち、現栗原市)があります。その名のとおり産金地帯として平泉藤原氏との関係も深く義経伝説の中の金売り吉次(地元では橘冶)もここで活躍し、その親は炭焼き籐太という長者でその墓と伝えら...
黄金の里の芭蕉主従 奥州街道 宮城 金成町 「おくのほそ道」の中で、芭蕉主従は義経終焉の地平泉を訪れ、名句「夏草や兵どもが夢の跡」を詠んだ後山形への帰路に通った奥州街道の宮城県金成町(かんなりまち、現栗駒市)末野地区に残る街道です。明治半ばまで八戸から東京までみちのくを南北に貫く幹...
帰り酒 やっぱりほっとします仙台 この空気 この親しみ この暖かみ この愛おしさ いいね(^O^) そこで 帰り酒 「冬水たんぼひとめぼれ 純米酒」 宮城県金成町 萩の鶴酒造 産 (地震の被害が心配です) 冬の水のように、すっきり感 うま~い そ...
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